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ままさんLINK集

母親(ははおや)とは1親等の親族で子から見て女性の親のことをいう。お母さんと一般には言い、親しみをこめて「かあさん」「お袋」(おふくろ)などと呼ばれる場合もある。核家族での母親お母さんという呼称は、にも用いられる。2, 3の場合は、話者が子の立場に自らを擬して言うという特徴がある。4の場合はおば(いとこのお母さん)やいとこおば(はとこのお母さん)など傍系尊属にあたる女性を指す場合もある。幼児語で母親のことを「ママ」ということがあり、「ママ」の語は別項目で述べるように母親のイメージから発展して意味が多様化していくことになる。実際に血縁関係にある母親は実母・生母、養子縁組による母親は養母、母親が死別または離婚し父親が再婚したが、母親と養子縁組をしていない場合は継母(ままはは)と称される。

ママのほかに、その母性的性格から発展させて遺伝的、生物学的文脈とは異なる用いられ方をする語に「〜の母」という表現がある。ある事業(他国からの独立、宗教活動、重要な発明など)の創始や発展に重要な役割を果たした女性もしくは無生物を女性にたとえていうことがある。また、その地域においてなやみごとの相談相手になって一種のカリスマ的存在になった占い師などを「〜の母」と呼ぶことがある。寮などで食事や管理を主体的に任された女性を「寮母」と呼ぶ。王妃や皇后のことを「国母」と呼ぶことがある。



アメリカでは南北戦争終結直後の1870年、女性参政権運動家ジュリア・ウォード・ハウが、夫や子どもを戦場に送るのを今後絶対に拒否しようと立ち上がり「母の日宣言」(Mother's Day Proclamation)を発した。ハウの「母の日」は、南北戦争中にウェストバージニア州で、「母の仕事の日」(Mother's Work Days)と称して、敵味方問わず負傷兵の衛生状態を改善するために地域の女性を結束させたアン・ジャービスの活動にヒントを得たものだが、結局普及することはなかった。ジャービスの死後2年経った1907年5月12日、その娘のアンナは、亡き母親を偲び、母が日曜学校の教師をしていた教会で記念会をもち、白いカーネーションを贈った。これが日本やアメリカでの母の日の起源とされる。ジャービスの母への想いに感動した人々は、母をおぼえる日の大切さを認識し、1908年5月10日に同教会に470人の生徒と母親達が集まり最初の「母の日」を祝った。アンナは参加者全員に、母親が好きであった白いカーネーションを手渡した。このことから、白いカーネーションが母の日のシンボルとなった。アンナ・ジャービスは友人たちに「母の日」を作って国中で祝うことを提案。1914年に「母の日」はアメリカの祝日になり、5月の第2日曜日と定められた。

出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』



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